こんちゅう

エッセイ・小説・ブログ・楽譜置き場。 不定期更新。

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「ハァ、ハァ・・・」

3人に追いついた時にはすでに、僕らは時計台のふもとの広場の真ん中に居た。

時計台。この島の一番頂上にそびえ立つ、この島の象徴とも言える建物。古いレンガ造りで、高さは20mちょいとそこまで高いわけじゃない。その代わり、時計台のふもとにはちょっとした庭が広がっていて、それを囲むように高い鉄柵がかけられてある。

僕たちを含めて、この島の人たちは鉄柵から中に入ったことがない――いわば聖域みたいなものだ。

 

「おい、落ち着けよ。こんな逃げ場のないところまで来たってしょうがないだろ」

やっとの思いで息切れしている隆信に言う。足は震え、目の焦点はぼやけていた。他の2人も同じような様子だった。もともとパニック状態だったところに、急な坂道をずっと走りこんだもんだから、僕たちの体力も精神も限界だ。

もう何を言っても通じない――いよいよどうすればいいのか分からなくなってきた。

4人は、黙ったままそこに立ちつくす。これから僕達はどうなるのか。それぞれ考えていることはほとんど同じだ。

 

 

ふと、僕は広場の入り口に人影を感じた。

「やばい。大人達だ」

慶介と優子がぎょっと振り返る。確かにいる。2,3人くらいだろうか、懐中電灯を持ってこちらのほうを見ている。どうやら僕達を探していたみたいだ――何か相談していた。恐らく、このまま僕達を捕らえるためにすぐに近寄るか、それとも増援を待つか――どちらにせよ、こちらに逃げる以外の選択肢はない。

「お前ら、鉄柵を登って中に入ろう」

僕は声を潜めて指示を出す。3人の顔は恐怖で歪んでいた。

どうして彼らは僕達を探しているのだろう――しかも、こんなにも”早く”。その答えは自明で、なおかつ、僕達の想像するうち最悪の状況だ。

3,2,1の合図で一斉に鉄柵に駆け寄ってよじ登る。

「おい、お前ら、待て!!」

大人達が叫んでこちらにかけ寄って来る。僕たちは構わず鉄柵に必死にすがりつく。汗のせいでうまく登れない。

「待て、なんで逃げるんだ!こっちに戻ってこい!もうこんな時間なんだ!子供は家で寝る時間なんだ」

必死になって登る。声の大きさから、大人達がどんどん近づいてくるのが分かる。それでも僕たちは登り続けた。

どうしてこんなに早く僕達を探し出そうとしているのか――つまるところ、やっぱり、他の大人達も機械なんだ。でも、僕達4人は誰もそのことを口にしない。言葉にできないほど恐ろしく、僕達の人格が崩壊してしまいそうな現実だからだ。

 

大人達がすぐ近くに来た時には、僕たちは全員が登りきっていて、時計台の庭に下り立っていた。

「時計台に入ろう!どこか入り口を見つけるんだ」

駆け回って入り口を見つける。正面の入り口には鍵がかかっていたけれど、少し横にあった窓のガラスが朽ちていて、大きな破片を除ければなんとか入れそうだった。一人ずつ時計台の中に入っていく。

 

時計台の中は吹き抜けになっていて、上に向けて大きならせん階段、地下に向けて小さな梯子が伸びていた。僕達がいるのは1階の入り口部分で、窓の部分から外を覗くことができた。

外では鉄柵の周りに大人達がどんどん集まってきていた。でも、誰一人として鉄柵を登って、あるいは壊して庭に入ろうとはしなかった――中学生ですらできたのに。

「おい、あいつら入ってこないみたいだぜ――どうなってんだよ」

慶介は絶望したように軽く鼻で笑う。

とりあえずの危機は回避したけれど、結局はジリ貧だ。僕たちはこの時計台を囲まれて、どこにも逃げようがなくなっていた。

僕は谷瀬さんから奪った銃を取り出す。3人はぎょっとこちらを見る。

「いざとなれば、これで戦うしかない」

「無駄だよ、そんなことしたって」

隆信がぼそっと呟く。確かに、弾数も限られている上に、使い方もよく分からない。これに頼るのはあまりにリスクが高すぎる。

僕たちはまた黙りこくった。

 

 

 

突然、外から聞きなれた声が聞こえてきた。

たけし、たけしと僕の名前を呼んでいる。

僕の名前だけじゃない――優子や、隆信、慶介の名前も呼ばれている。

必死になって叫ばれている。

 

そこにいたのは――僕の母親だった。

親たちが鉄柵にしがみ付いて、僕達の名前を必死に呼び続ける。

たけし、こっちにおいで。

たけし、そんなところにいないで、こっちに帰っておいで。

もういいの。すべて忘れて。たけしは悪い夢を見たんだよ。ひどく、恐ろしい夢を。

お母さんは怒らない。ただ、あなたが無事に私のところに帰ってきてくれれば――

 

15年間、ずっとずっと聞き続けた声が、僕の心をひどく揺さぶる。

間違いをしたときは、僕を叱ってくれた。辛いときには、慰めてくれた。

楽しいときには、一緒になって笑ってくれた。

僕はずっとこの島を出たがっていながら、こんなことにも気づいていなかったんだ。親から逃げるという、その行為の重大さを。

もう鬼ごっこは終わりにしたい。人を疑るのはやめにしたい。僕は今すぐ、母さんのもとに駆け寄りたい――

 

 

 

でも僕の頭には、村瀬さんの無残な姿がくっきりと映し出される。

「・・・・・・くっそおおおおおおおおお!!!!」

僕は思いっきり叫ぶ。僕は人を信頼できない。信用できない。どうしても、機械が、僕の頭に、吸い付いてきて、機械が、機械が、

 

「・・・なぁ、もう終わりにしないか?」

隆信がつぶやく。「きっと・・・何かの間違いだったんだよ。集団幻覚でも見てたんじゃないか。よくよく考えると、こんなことって絶対にあり得ないよ」

「はぁ?お前、見てなかったのか?あいつらは、機械なんだ。この島の大人達はみんな、みんな機械なんだ」

僕は隆信に向かって怒鳴る。今でも、僕たちの親は必死に名前を呼び続ける。

「隆信の言う通りさ。・・・俺は、戻るよ、親父とお袋のところに」

慶介が言う。僕は信じられなかった。本気で言っているのか?機械たちのところにわざわざ戻るのか?死にに行くようなもんじゃないか。甘えているだけじゃないか。諦めているだけじゃないか。

もしくは――

 

「・・・さてはお前らも、機械だな!!」

僕は銃口を隆信のほうに向ける。空気が凍り付く。興奮して、何を考えているか、さっぱり分からない。僕は引き金のところに手を置き、そして――

 

 

 

「・・・・・・やめて!!!」

突然、優子が僕の後ろから抱き着いてくる。

「・・・やめて・・・こんなの・・・こんなのおかしいよ」

優子の目からは涙が流れている。

「・・・今の武は、機械よりも機械だわ」

僕はハッとした。今自分のやっている行動がどれだけ愚かなのか、一瞬にして理解できた。

拳銃が床に落ちた。

しばらくの間、静寂が4人を包む。

 

 

「・・・ごめん」

「・・・いいんだ。僕も武も、皆パニックなんだ」

隆信が優しい声で話す。

「でも僕は行く――僕は、大人達を信じるよ。あとの2人は、どう?」

「俺も出る」

優子は首を横に振る。

「・・・じゃあ、僕と慶介は行ってくるよ。もちろん、帰っても武と優子のことは何にも言わない。ボートのこともね」

「・・・あぁ。もし脱出できたら、真っ先にお前たちを迎えに来る」

「ありがとう。それじゃあ、幸運を祈ってるよ」

隆信が久々に笑顔を見せた。

2人は、そうして時計台から外に出ていった。大人達の歓声が聞こえた。泣き叫んで喜ぶ声が聞こえた。

 

そうして、僕と優子は2人、時計台に取り残された。

「・・・優子」

「・・・何?」

「さっきは、ありがとう」

優子はうん、と答えて、それっきし黙ってしまった。

もう僕達に出来ることなんてほとんどない。

「・・・この時計台の、もっと奥に進んでみよう」

僕達2人は立ち上がった。奥に何があるのか、僕達には全く分からない。

 

 

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2016/8/14