こんちゅう

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映画「ガールズドライブ」はなぜ名作なのか?

こんにちは.映画「ガールズドライブ」の配信がスタートした*1ので,このタイミングで本作の感想を書こうと思います.なお,名作であると言い切っていますが,普段映画なんて全く見ない上に,AKBファンの立場からの感想であることはあらかじめご了承ください.

以下ネタバレを含みます!

あらすじ

AKB48のメンバー4人,小栗有以,山内瑞葵,倉野尾成美,山崎空演じる静岡の女子高校生4人が,ムカついたことを言ったラジオパーソナリティを東京まで銃でぶっ殺しにいく青春ロード・ムービーです.

一点突破型の脚本

人はどのような物語,あるいはストーリーに心を動かされるのか?ということを昔はよく考えていました.自分なりに出した結論としては,「とにかく印象的かつ衝撃的なラストシーンを準備し,物語はそれが自然な流れになるよう構成する」というものです.

本作はまさにこのタイプの脚本(これを一点突破型の脚本と呼んでいます)だと思っています.主人公の小春がラジオパーソナリティに向かって公衆の面前で「ぶっ殺してやる!」と叫んで銃を放つ,きっと脚本家の方はまずこのようなシーンが思い浮かんだのではないでしょうか.

あとはこのラストシーンに向けてストーリーを作ればいいのですが,その構成が非常に丁寧に肉付けされていると感じました.ロード・ムービーなので旅先でさまざまなトラブルに巻き込まれ,それらを皆で解決していくのですが,その中でも小春は基本的に穏やかで争い事を避けようとする性格として描かれています.ところがラストシーンでは激昂し,小春の感情に見事にコントラストを生み出しています.特に小春演じる小栗有以さんはふわふわした王道系アイドルで,彼女のイメージからはとても想像できないようなセリフなので,AKBのファンの人にとってはよりインパクトが強いのではないでしょうか.

漫画「暗殺教室」でも似たような話があります.「暗殺教室」は教室で生徒が先生に向かって銃を乱射するシーンから始まるのですが,作者の松井優征先生は「まずこのシーンが思い浮かび,それと整合性が取れるように設定を後から考えた」と語っています.本作「ガールズドライブ」は,80分という短い上映時間の中で観客の心の盛り上がりを完全にコントロールし,ラストシーンを見事に描き切った素晴らしい作品です.

もちろん細かな点を見ればツッコミどころ満載というか,導入も流石に無理があるし,アイドルが制服姿でプールに飛び込むイメージビデオみたいなシーンが急に始まるし,途中で本物の銃を手に入れるってどんなご都合設定なんでしょうか.由佳ちゃんが男に監禁されるシーンは普通の映画なら濡れ場が始まりますが健全アイドル映画なのでそんなことは起きません.

最終的には殺さずに済んだのですが(盛大なネタバレ),小春がそのまま殺していれば殺人罪殺人教唆罪でみんなまとめて少年院送りです.というか刑法が変わって18歳からは特定少年として扱われるので,もし4人が18歳になっていたら女子高校生であろうと最悪死刑です.それなのに由佳は最後「なんだかんだ楽しかったね」とクッソのんきなことを言い放ちます.あんたらは悩みを聞いてもらう前にまず刑法を学んだほうがいいです.マジで.

なんだけど,そんなことどうでもいいんです.桃太郎のストーリーに現実味がないと難癖つけるやつはいません.どんなにぶっ飛んでても話の進み方と感情の移り変わりが物語の中で自然ならそれでいいんです.逆にある程度ぶっ飛んでるおかげで伏線がわかりにくく巧妙に張られており最後のシーンはめちゃくちゃ笑いました.いやーほんとに素晴らしい脚本です.

とにかく画面に顔をでっかく映せばいいのよ

ここまでは脚本について多く語ってきたのですが,演出についても少し触れたいと思います.完全に素人なので的外れなことを言っているかもしれませんが,どうしても伝えたいことがあります.

今からガールズドライブと全く関係ない話をします.すみません.ガールズドライブの上映開始のおよそ2ヶ月前,AKB48の62枚目のシングル「アイドルなんかじゃなかったら」のMVが公開されました.選抜メンバーは16人です.センターは小栗有以さんで,その次の序列2位*2という良ポジションに山内瑞葵さんが選ばれます.自分は山内瑞葵(ずっきー)さんのファンなので本当に嬉しかったです.特に最近のAKBは半年に一回しかシングルをリリースしないので,MVというのは推しが映像作品として残る非常に希少なものなのです.

16人もいるので各メンバーが映る時間はどうしても短くなってしまうのですが,全体で255秒なので16で割っても一人当たりおよそ16秒です.さらに序列2位なのでより目立っているでしょう.欲を言えば30秒,最低でも20秒くらいはずっきーが顔アップで写されて欲しいなー.特に今回の衣装めっちゃ可愛い上にツインテールという最強無敵の組み合わせなのでもうこれはヲタクとしては期待で胸が高鳴るばかりです.

www.youtube.com

さて,ここで実際にずっきーが顔アップでちゃんと映ったシーン*3の合計秒数を真面目に計測してみました.

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5.7秒でした.

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5.7秒!??!???????????!!????????????????????????????

しかもタチの悪いことに,まとめて5.7秒ではなく各シーンがコマ切れになっています.1番のサビの「アイドルなんかじゃなければ〜」で映ったシーンが最長の1.0秒です.フラッシュ暗算か何かか?

落ちサビのこのシーン,髪に水滴をわざわざつけて,汗をかきながら練習している姿を表現しているらしいです.遠すぎてなーんも見えんけどな!!!!!

いいですか,アイドルなんざ,とにかく画面にどーーーんとでっかく顔を映しゃあいいんですよ!!!!!!!!!!

どーん

ウ,ウタナイデー

これはアイドルを馬鹿にしているとかいう話では全くなく,むしろアイドルにしかできない表現だと思ってます.映画館で顔をどアップにして映したときの迫力と壮大さ,そこから醸し出す雰囲気は何者にも代え難い演出で,物語を要所要所で引き締めてくれます.体全体の動きの一挙手一投足で何かを表現するなんてプロの俳優かコンテンポラリーダンサーに任せればいいんです.逆に,大画面の顔のアップにも余裕で耐えられるから彼女たちはアイドルをしているんです.

アイドル映画として100点満点

そんな感じで,MVでずっきーが全然映ってなくて傷心していた自分にとってこの映画は救いでした.20を過ぎたらベテランと言われるくらい消耗が激しいアイドル業界において,その時の推しの一番可愛い姿を映像にして残してくれるのはファンにとっては本当に嬉しいことです.

もちろん,ただ推しが可愛いだけの映像では全く物足りない訳です.どんなに好きな俳優でも脚本がダメなドラマは見るに耐えません.どんなに好きなアーティストでも微妙な曲は聴きたくありません.本作,ガールズドライブにおいて,恵まれた脚本と演出,製作陣の方々のおかげで,アイドルたちは映画の中をまるで水を得た魚のように生き生きと自由に演じています.映画「ガールズドライブ」はアイドル映画として間違いなく名作で,後世に語り継がれていくべき作品だと確信しています*4

現代の若者の「反抗」とは?

ここで少し,この映画のテーマでもある「若者の反抗」について語りたいと思います.映画内では,主人公たちは一貫して「大人は,私たちの悩みなんて全くわかってくれない!」という大人に対する反抗心を持っており,それを解消すべく様々な突飛な行動に出ます.

このような思春期ならではの悩み,大人への反骨心は果たして本当に現代の若者に共通するテーマなのでしょうか.私は,このような悩みに全く共感できません.おそらく,演じているアイドル達も共感していないのではないかと想像しています.今の若者が抱える悩みというのはもっと本質的に違うところにあるのではないかと思っています.

戦後80年が経過しようとしている現代日本,資本主義は過去に全く見られない大きさまで成長しました.その中で,どのように人生を過ごせば「正解」なのか,どのようなことをすれば後に「幸せ」になれるのかという方法論が(それが全く根拠のないこととは知られずに)確立していきました.

思うに,今の若者が抱いている悩みというのは,大人が敷いたレールに乗ることを拒むのではなく,むしろ大人が敷いてくれた「正解」のレールに乗り損ねることへの不安が大きいのではないでしょうか.受験,就活,恋愛,結婚など,人生の様々なイベントにおいてとにかくミスをしないことが最優先になってしまっています.一度でもミスをするともう二度と取り戻すことができない,そんな錯覚に陥ってしまっています.中国は日本よりも競争社会ですが,寝そべり族と呼ばれる一切の競争を拒否する若者が社会問題になっています.程度の差こそあれ,日本でも全く同じ現象――つまり,競争社会で勝つことだけを目的とし,負けそうなら全てを諦める,そんな若者が増えているのではと感じています.

私が大学に入って一番衝撃を受けたのは「就活をするサークル」が存在することです.普通サークルなんていうのは自らの趣味や知見を広げ,思いを共有できる仲間を増やすために入るものです.「就活をするサークル」は何をするかというと,すでに就活に「成功」した先輩から話をきいたり,OB訪問したり,エントリーシートの添削をしてもらうのです.さらに驚いたことに,こんなに無意味で価値のないと思われるサークルに実に多くの人が所属しているのです.このサークルに所属していなくても,今の大学生は1年生からインターンや企業説明会に参加するのは当たり前で,Twitterのプロフ欄に「25卒」とか「26卒」とか卒業する年数をかいて就活情報を共有しています.彼らはとにかく,ただ「正しい会社」を選んで「正しい人生」を歩もうとしているに過ぎません.

実際は大人が用意した「正解」なんて全く当てにならないものです.日本は戦後まだ80年しか経っていません.いくらいい学校に入学しようが,いくらいい会社に就職しようが,それだけで今後の日本において安泰な生活を維持できる保証なんてどこにもありません.むしろ,諸外国の経済発展やAIの進歩によりホワイトカラーの職業はほぼ全滅し,人間は「小回りがきいて性能のいいロボットくらいの価値」しかなくなる可能性が大いにあります.

 

さて,この話,今のAKBが置かれている現状にそのまま当てはまるのではないかと思っています.小栗有以さん,倉野尾成美さんは2014年のAKB全盛期にチーム8ととして加入し,山内瑞葵さんは2016年に16期生として加入しました.当時のAKBは今よりもずっと人気があり,センターはマルチタレントとして大活躍している人ばかりで,選抜に入ればTVにたくさん出られます.このような状況では,AKBメンバーの目標は選抜に入ること,そしてセンターを取ることになります.なぜならそれが人気者になる,スターになる「正しい道」だったからです.

時は流れ2024年,偉大なる諸先輩は卒業やスキャンダルで辞めていきました.小栗有以さんは絶対的センターに,山内瑞葵さんはグループのエースに,倉野尾成美さんは総監督という重要な役割を担うことになります.山崎空さんは17期生として2022年に加入し,既にAKBの選抜の一員として活躍しています.ところが,AKBの人気はかつてないほどに落ちてしまいました.TVの衰退やSNSの普及など様々な要因が重なったものだとは思いますが,きっと今の現状は彼女達がかつて望んだものではないでしょう.

同じキャストでまた映画を撮ってほしい

これは個人的な推測で間違っていたら本当に申し訳ないんですが,現代の若者が抱えている悩みと,今のAKBのアイドルが抱えている悩みは同じなんじゃないかと思っています.つまり,正しい道を進まなければならないことに疲れ,また正しい道を歩んだとしても成功するか保証されない,そんな苦しみに苛まれているように見えます.

このような悩みを物語のテーマとして組み込むのは難しいと思います.なぜなら,それは全く魅力的ではないからです.大人に対してなにくそ!と反抗するのは絵になりますが,大人が提示するものが正解とわかっていながら道を違えてウジウジする姿なんて見ていてもしょうがないです.

だからこそ,私はこのテーマに正面から向き合うような映画が見てみたいです.その映画で提示される「正解」もきっと正解ではないのでしょうが,少なくとも希望の一つとして残るのではないでしょうか.そしてそのキャストは,今の若者の代表である「ガールズドライブ」の4人にして欲しいです.そうすればきっと,アイドル映画の枠をとうに超えた本当の名作が生まれるかもしれません.

*1:実はもう1ヶ月くらい前から配信はスタートしてます.なお2ヶ月限定の配信らしいです.なんで?

*2:同列序列2位で本田仁美さんという風にカウントしています

*3:アップかどうかは人それぞれの価値観ですが,割と緩めにつけたつもりです

*4:他のアイドル映画見たことないですけどね.へへ